「俺とパパ、昔仲良かったよね」
ある日、車の中で息子から何気なく言われた言葉です。
息子としては、何気ない一言だったのかもしれません。
でも僕には、かなり深く刺さりました。
「昔って……今も仲良いしょ」
そう返しましたが、内心はとてつもなく寂しくて、申し訳ない気持ちになりました。
赤ちゃんだった息子。
「パパ、一緒に寝よう」と言ってくれていた息子。
仕事から帰ると抱きついてきた息子。
それが幼稚園に入り、小学生になり、友達との世界を持つようになりました。
子どもの成長は嬉しい。
でも、父親としては少し寂しい。
今回は、息子が赤ちゃんだった頃から小学生になるまでの親子関係の変化と、あの一言を言われて僕が感じたことを書いてみたいと思います。
- 小さい頃の息子は、とにかくパパに懐いてくれた
- 「ママ、ママ」が始まったら体調不良のサインだった
- 僕の膝の上でYouTubeを見るのが日課だった
- プラレールは大人の僕まで楽しかった
- 1歳から幼稚園へ。成長は嬉しかったけれど寂しさもあった
- 「幼稚園休んで一緒に遊ぼう」
- 幼稚園の行事だけは、何とかして見に行った
- ランドセルを背負う息子を見て「大きくなったな」
- パパより友達になっていった
- 「俺とパパ、昔仲良かったよね」
- 「そんなふうに思わせていたんだ」
- それでも今、息子とは仲が良い
- まだ「最後の抱っこ」にはしたくない
- もっとやっておけばよかった3つの遊び
- やっておいてよかった3つの習慣
- 上の子の経験があるから、末っ子にはなるべく「やろう」と言う
- 遊べなくても、会話はできる
- 子どもが「パパ」と来てくれる時間は思っているより短い
小さい頃の息子は、とにかくパパに懐いてくれた
息子は小さい頃、僕にものすごく懐いてくれていました。
特に寝るときです。
息子の方から、
「パパ、一緒に寝よう」
と言ってくれました。
仕事で一緒にいられる時間が少なかった僕にとって、この時間はとても大切でした。
日中ずっと一緒にいられなくても、最後は一緒に布団へ行く。
それが親子の時間になっていました。
「ママ、ママ」が始まったら体調不良のサインだった
もちろん、いつでもパパだったわけではありません。
息子が「ママ、ママ」と言い始めるときがありました。
そして、なぜかいつも以上にご飯を食べる。
わが家では、これが体調不良の前触れになっていることがよくありました。
「今日やたら食べるな」
「ママ、ママ言ってるな」
と思っていると、そのあと熱が出る。
普段はパパと寝てくれていても、体調が悪くなるとママを求める。
何度か経験するうちに、
「もしかして熱出るんじゃない?」
と気づくようになりました。
親だから分かる、小さな変化だったのかもしれません。
※これはあくまでわが家で経験した話です。食欲や甘え方だけで子どもの体調を判断できるわけではありません。体調に気になる変化がある場合は、体温や全身状態などを確認し、必要に応じて医療機関などへ相談してください。
僕の膝の上でYouTubeを見るのが日課だった
仕事から帰ってきたあとは、息子を膝の上に座らせて一緒にYouTubeを見るのが日課でした。
今考えると、本当に何でもない時間です。
特別な場所へ出かけるわけでもありません。
高いお金を払って何かをするわけでもない。
ただ息子を膝に乗せて、一緒に動画を見る。
でも僕にとっては大切な親子の時間でした。
プラレールは大人の僕まで楽しかった
家ではいろいろな遊びをしました。
幼児用のブロック。
大きいサイズのレゴ。
人形遊び。
そしてプラレール。
中でも僕が好きだったのがプラレールでした。
僕自身、子どもの頃にプラレールでほとんど遊んだことがなかったんです。
だから息子と一緒に線路をつなげたり電車を走らせたりするのが、僕にとっても新鮮でした。
子どもと遊んでいるはずなのに、自分まで子どもに戻ったように楽しんでいました。
1歳から幼稚園へ。成長は嬉しかったけれど寂しさもあった
妻の仕事の関係もあり、息子は1歳から幼稚園へ通い始めました。
幼稚園へ行くようになると、少しずつ話せることも増えていきます。
「今日はこれして遊んだ」
「○○くんと遊んだ」
そんな友達の話もできるようになりました。
息子の世界が少しずつ広がっていく。
親として嬉しい成長でした。
一方で、まだ小さい息子を幼稚園へ行かせることには、寂しさもありました。
本人も寂しそうにしていたので、
「可哀想だな」
と思うこともありました。
「幼稚園休んで一緒に遊ぼう」
仕事の都合で、稀に平日が休みになることがありました。
そんなある日、
「明日パパ休みだよ」
と息子に話したことがあります。
すると息子から、
「幼稚園休んで一緒に遊ぼう」
と言われました。
あれは嬉しかったですね。
普段、一緒にいられる時間が少なかったから余計に、
「パパと遊びたいと思ってくれているんだ」
と幸せを感じました。
毎日一緒にいられないからこそ、こういう一言がすごく嬉しかったです。
幼稚園の行事だけは、何とかして見に行った
普段一緒にいられる時間が少ない分、幼稚園の行事はなるべく参加すると決めていました。
仕事があるから仕方ない。
そうやって諦めたくありませんでした。
だから上司に無理を言ってでも休みを取って、できるだけ行事には参加しました。
普段一緒にいられない分、
「こういう日は絶対に行きたい」
と思っていました。
今振り返っても、これはやっておいてよかったと思っています。
ランドセルを背負う息子を見て「大きくなったな」
そして息子は小学生になりました。
成長を強く感じたのが、ランドセルでした。
ランドセルを背負って、一人で歩いていく。
ついこの前まで小さな子どもだったのに。
その後、息子の口から、
「授業でさ……」
という言葉が出てきたときにも、
「授業って言ってる……」
と妙に成長を感じたのを覚えています(笑)。
親からすると、ずっと小さな子どものような感覚があります。
でも子どもは確実に成長しています。
パパより友達になっていった
小学生になると、当然友達との時間が増えました。
以前なら僕と公園へ行っていた時間に、友達と遊びに行く。
僕から誘っても、友達との予定を優先する。
少し寂しくはありました。
でも、それ以上に嬉しかったです。
仲良く遊べる友達ができた。
息子自身の世界ができている。
これはとても良いことだと思いました。
親とばかり遊んでいるより、友達とたくさん遊んでほしい。
そう思っていました。
そんな中、あの一言を言われました。
「俺とパパ、昔仲良かったよね」
その日は、息子と2人で車に乗っていました。
息子が、
「明日、公園で遊びたいな」
と言いました。
でも僕は仕事。
「明日仕事だから遊べないわ」
と答えました。
すると息子が、少し寂しそうに言いました。
「俺とパパ、昔仲良かったよね」
一瞬、言葉に詰まったと思います。
そして、
「今も仲良いしょ。息子が友達と遊ぶ回数が増えただけだよ」
と返しました。
実際、今でも仲は良いです。
でも僕の心には、その一言が深く刺さりました。
「そんなふうに思わせていたんだ」
とてつもなく寂しくなりました。
同時に、申し訳なくなりました。
「息子はそんなふうに感じていたんだ」
「寂しい思いをさせていたんだ」
と思いました。
僕自身、仕事を増やしたくて増やしたわけではありません。
生活のために働かなければならない状況でした。
それでも、
「もっと自分に力があれば」
「もっと違う働き方ができていれば」
と、自分の不甲斐なさを悔やみました。
残念ながら、その言葉を聞いたからといって仕事を減らすことはできませんでした。
生活があります。
だから大きく行動を変えることはできませんでした。
そこもまた、父親としてつらいところでした。
それでも今、息子とは仲が良い
現在も息子とは普通に話します。
そして、たまに一緒にバスケもします。
小さい頃とは関わり方が変わりました。
昔のように毎日膝の上に座ってYouTubeを見るわけではありません。
プラレールで遊ぶこともありません。
でも今度は、同じスポーツを一緒にできるようになりました。
親子の関係がなくなったのではなく、
成長と一緒に形が変わっている
のだと思います。
まだ「最後の抱っこ」にはしたくない
子どもが大きくなった親から、
「最後に抱っこした日なんて覚えていない」
という話を聞くことがあります。
僕は、それが少し寂しいです。
だから息子が小学生になった今でも、たまに抱っこします。
車から降りるときなどに、
「ほら」
と抱っこして降ろしてあげる。
もう自分で普通に降りられます(笑)。
もちろん分かっています。
でも、
まだ最後の抱っこにしたくない。
だから、できるうちはやろうと思っています。
いつか、
「やめて!」
と言われる日が来るでしょう。
その日までは、たまに抱っこさせてもらおうと思っています。
もっとやっておけばよかった3つの遊び
今振り返って、もっとやっておけばよかったと思うことがあります。
1. かけっこ
仕事で疲れていると、走る遊びは結構キツいです。
だから避けてしまったこともありました。
今思えば、もっと一緒に走ればよかったです。
2. 砂遊び
公園で一緒に砂まみれになって遊べる時期も短いです。
もっと付き合ってあげればよかったと思います。
3. 家庭用プール
夏に家でできるプール遊び。
これももっとたくさんやればよかったです。
全部、特別な遊びではありません。
お金もそれほどかかりません。
でも今思い出すのは、こういう何でもない遊びです。
やっておいてよかった3つの習慣
逆に、
「これは続けてよかった」
と思っていることもあります。
おはようのギュウ。
行ってきますのタッチ。
ただいまのギュウ。
仕事が忙しくてもできます。
時間にすれば数秒です。
それでも毎日のように繰り返しました。
前の記事でも書きましたが、朝早く仕事へ行かなければならない日は、寝ている息子の手にこっそり触れて出勤することもありました。
僕にとって、
「今日も大好きだよ」
を伝えるような習慣だったのだと思います。
上の子の経験があるから、末っ子にはなるべく「やろう」と言う
今は末っ子の子育てもしています。
上の子たちが大きくなった経験があるからこそ、意識していることがあります。
子どもから、
「これやりたい」
と言われたら、できることならなるべくやる。
面倒だからという理由だけでは断らないようにしています。
もちろん何でも好き放題という意味ではありません。
ジュースやおやつは少し控えながら、野菜もなるべく食べられる子になってほしい。
教えるべきことは教えながら、
一緒に何かできる今の時間を大切にする。
これを意識しています。
遊べなくても、会話はできる
最後に、小さな子どもを育てているお父さんに伝えたいことがあります。
できるだけ、一緒にいられる時間を作ってほしいです。
でも仕事があります。
体調も人それぞれです。
僕みたいに体を動かして遊べる人もいれば、事情があって一緒に走ったり公園で遊んだりすることが難しい人もいると思います。
それなら、話すだけでもいいと思います。
「今日は何して遊んだの?」
「幼稚園楽しかった?」
「今日何が一番面白かった?」
そんな会話でもいい。
僕は、会話も大切なスキンシップの一つだと思っています。
子どもが「パパ」と来てくれる時間は思っているより短い
子育て中は毎日が長く感じることがあります。
仕事。
家事。
寝かしつけ。
夜泣き。
また朝になって仕事。
でも振り返ると、子どもが小さい時期は本当に短いです。
「パパ、一緒に寝よう」
と言ってくれていた息子が、ランドセルを背負って一人で学校へ行く。
そして友達と遊ぶようになり、
「俺とパパ、昔仲良かったよね」
なんて言うようになる。
本当にあっという間でした。
だから僕は末っ子との今を、なるべく大切にしたいと思っています。
そして息子とも、
昔みたいな親子に戻りたいとは思いません。
息子は成長しています。
僕も父親として一緒に変わっていけばいい。
今は一緒にバスケをする。
話をする。
そして、ときどき抱っこする(笑)。
いつか本当に最後の抱っこになる日まで。
今しかできない親子の時間を、これからも大切にしていきたいと思います。


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