「もっと子どもと一緒にいたい」
そう思っていても、仕事をしなければ生活できない。
子どもとの時間を増やすために仕事を減らせば、今度は収入が減ってしまう。
僕は子どもが小さかった頃、ずっとこの葛藤を抱えていました。
当時は朝7時半に家を出て、帰宅するのは夜9時ごろ。
朝は子どもが起きる前に出勤して、帰ってきてから一緒に過ごせる時間もほんのわずかでした。
それでも僕なりに、
「時間が少ないなら、家にいる時間はできるだけ子どもに使おう」
と思って子育てしてきました。
子どもたちが大きくなった今だからこそ思うこともたくさんあります。
今回は、仕事が忙しくて子どもとの時間が取れなかった頃のことを、父親として振り返ってみます。
- 朝7時半、寝ている息子の手に触れてから仕事へ
- 夜9時。「パパおかえり」で疲れが全部吹き飛んだ
- 一番つらかった「パパ、仕事に行かないで」
- 本当は休みたくて、仮病で遅刻したこともある
- 「もっと違う仕事をしていれば」と何度も考えた
- どれだけ遅くても「お風呂」はできるだけ一緒に
- 休日は公園へ。高い遊びじゃなくても喜んでくれた
- 疲れているから走る遊びを断ったことは後悔している
- 時間はお金で買えない。でもお金がなければ生活できない
- 「俺とパパ、昔仲良かったよね」
- 赤ちゃんの時間は、本当に一瞬だった
- 末っ子には「ダメ」だけで終わらせない
- 今も「お風呂の時間」は大切にしている
- 「今日は遊びたくない」と思っても、今は意地でも遊ぶ
- 忙しく働くお父さんへ伝えたいこと
朝7時半、寝ている息子の手に触れてから仕事へ
当時の僕は、朝7時半ごろ家を出ていました。
子どもはまだ寝ています。
朝、一緒にご飯を食べたり遊んだりする時間はほとんどありませんでした。
だから出勤するときにやっていたことがあります。
寝ている息子のところへ行って、
小さな手に、こっそりタッチする。
「行ってきます」
という僕なりの挨拶でした。
もちろん寝ているので、息子は覚えていないと思います。
それでも僕にとっては大切な時間でした。
朝起きている息子に会えない。
そのまま夜まで会えない。
だからせめて出勤前に触れてから仕事へ行きたかったんです。
夜9時。「パパおかえり」で疲れが全部吹き飛んだ
仕事を終えて帰宅するのは、だいたい夜9時ごろ。
遅い時間でしたが、息子は僕の帰りを待っていてくれることが多かったです。
家に着いて玄関を開けると、
「パパおかえり!」
と言いながら抱きついてくる。
あの瞬間は今でも覚えています。
朝からずっと仕事をして、クタクタになって帰ってきても、その一言と抱っこだけで仕事の疲れが吹き飛びました。
そして、
「今日も頑張ってよかった」
と思えました。
一番つらかった「パパ、仕事に行かないで」
息子が2〜3歳くらいの頃。
僕にとって、夜泣きよりつらいことがありました。
仕事へ行こうとすると、息子が泣くんです。
「行かないで」
というように、ギャン泣きする。
2〜3歳なので、こちらが話していることはある程度分かります。
でも、
「今日はこれから仕事に行って、何時くらいに帰ってきて……」
と説明しても、すべてを理解できる年齢ではありません。
僕も本当は行きたくありませんでした。
とにかく可愛い。
泣いている息子を置いて仕事に行くことが申し訳ない。
そして僕自身も寂しい。
正直、こっちまで泣きそうになったことがあります。
それでも仕事には行かなければいけません。
「ごめんね」
と言って、最後は強引に家を出るしかありませんでした。
本当は休みたくて、仮病で遅刻したこともある
これは当時の上司には言えませんでしたが、子どもと一緒にいたくて仮病を使って遅刻したことも何度かあります。
もちろん、社会人として褒められる行動ではありません。
でも当時は、
「もう少しだけ一緒にいたい」
と思ってしまうことがありました。
子どもに泣かれて、自分も離れたくない。
それでも仕事へ行かなければならない。
毎日その繰り返しでした。
「もっと違う仕事をしていれば」と何度も考えた
子どもとの時間が足りないという罪悪感は、かなりありました。
家にいる時間は、できるだけ子どものために使っていたつもりです。
でも、そもそも家にいられる時間自体が少ない。
だから何度も考えました。
もっと若い頃から一生懸命勉強していたら。
もっと早く仕事について考えていたら。
デスクワークなど、もっと家族との時間を取りやすい仕事に就けていたら。
あるいは自分で会社を経営できるようになっていたら。
もっと子どものそばにいられたのかな、と。
今考えれば、どんな仕事にもそれぞれ大変な部分があります。
それでも当時は、
「もっと時間のある父親になれなかったのかな」
と何度も思いました。
どれだけ遅くても「お風呂」はできるだけ一緒に
そんな生活の中でも、僕がかなりこだわっていた時間があります。
お風呂です。
残業でよほど帰宅が遅くならない限り、できるだけ僕が子どもと一緒にお風呂へ入るようにしていました。
お風呂なら仕事の日でも一緒にいられます。
そして寝るときも、できるだけ一緒に布団へ行って寝かせました。
一日の中で一緒にいられる時間は短い。
だから、
「短いなら短いなりに、一緒にいられる時間を作ろう」
と思っていました。
休日は公園へ。高い遊びじゃなくても喜んでくれた
休みの日は買い物など、やらなければならないこともありました。
それ以外の時間は、なるべく公園へ連れて行きました。
特に好きだったのが、
砂遊びやドッジボール。
高い遊具や特別なレジャーがなくても、一緒に体を動かすだけで本当に喜んでくれました。
家の中では、かくれんぼもよくしました。
そしてもう一つ好きだったのが「宝探し」。
誰か一人がおもちゃなどを隠して、ほかの人が探すだけ。
お金なんてかかりません。
それでも子どもは楽しそうに遊んでいました。
今振り返ると、子どもにとって大事だったのは「何を買ってもらったか」だけではなく、
パパと一緒に何かをした時間
だったのかなと思います。
疲れているから走る遊びを断ったことは後悔している
もちろん、いつでも全力で遊べたわけではありません。
仕事で疲れている日もあります。
そんなとき、
「今日はちょっと……」
と理由をつけて、走り回るような遊びを断ったことがありました。
当時は本当に疲れていました。
でも子どもが大きくなった今は、
「もう少し頑張って遊んであげればよかったな」
と思います。
あの頃の自分には、
「疲れているのは分かる。でも、その年齢の息子と遊べるのは今しかないぞ」
と言ってあげたいです。
時間はお金で買えない。でもお金がなければ生活できない
「仕事より家族との時間を大切にすればいい」
言葉だけなら簡単です。
僕だって子どもとの時間を作りたかった。
仕事を減らしたいと思ったことも何度もあります。
時間はお金では買えません。
でも当時のわが家には、お金の余裕もありませんでした。
仕事を減らせば収入が減る。
収入が減れば生活できない。
だから僕には、仕事を増やして働くしかないと思える時期がありました。
子どものために働いている。
でも働けば働くほど、子どもとの時間が減る。
これは本当につらいところでした。
結局、僕は泣く泣く働くしかありませんでした。
「俺とパパ、昔仲良かったよね」
今でも忘れられない息子の一言があります。
息子が小学生になった頃、僕は転職しました。
以前より休みが減り、公園へ一緒に行く回数も減っていました。
そんなある日、息子から言われました。
「俺とパパ、昔仲良かったよね」
これは結構傷つきました。
「昔って……今も仲良いだろ!」
と思いました(笑)。
実際には、息子自身が小学生になって、毎日のように友達と遊びに行くようになったことも大きかったと思います。
親より友達と遊ぶ時間が増える。
成長すれば当然のことです。
それでも、
「昔仲良かったよね」
という言葉を聞いたときは、
もっと一緒にいればよかったのかな。
もっと公園に行けばよかったのかな。
そんなことを考えました。
赤ちゃんの時間は、本当に一瞬だった
上の子たちが大きくなった今、強く感じることがあります。
小さい時期は本当に短いです。
赤ちゃんだった時期なんて、振り返れば一瞬でした。
幼稚園の頃も短かった。
気がつけば小学生になっている。
当時は毎日仕事と育児に必死なので、
「今日も大変だった」
と思います。
でも、その「今日」は二度と戻ってきません。
だから末っ子との接し方では、上の子たちを育てた経験から意識して変えていることがあります。
末っ子には「ダメ」だけで終わらせない
子どもを育てていれば、「ダメ」と言わなければならない場面は当然あります。
危険なこともありますし、教えなければならないこともあります。
でも今は、
「ダメ!」
だけで終わらせるのではなく、
「こっちじゃなくて、こうしようか」
と、なるべく諭すように話すことを意識しています。
そしてもう一つ。
自分自身が、
「ヤダ」
と言わないようにしています。
僕の場合、「ヤダ」が出るときは、大体自分が面倒くさいと感じているときだからです。
だから「面倒くさい」となるべく思わないように努力しています。
今も「お風呂の時間」は大切にしている
末っ子との生活でも、お風呂は大切な時間です。
できるだけ一緒に入る。
そのあと最低でも1時間くらい、一緒にテレビを見る。
そして寝る前のミルクも、できるだけ僕が飲ませる。
特別なことではありません。
旅行に連れて行くわけでも、高価なおもちゃを買うわけでもない。
ただ一緒にいるだけです。
でも上の子たちが大きくなった今だからこそ、
こういう何でもない時間が、あとになって大切な思い出になる
と思っています。
「今日は遊びたくない」と思っても、今は意地でも遊ぶ
仕事で疲れていれば、
「今日はちょっと遊びたくないな……」
と頭をよぎることはあります。
僕だってあります。
それでも今は、意地でも遊ぶようにしています。
上の子たちが小さかった頃、
「疲れているから」
と遊ばなかった日のことを後悔しているからです。
末っ子も、ずっと小さいわけではありません。
今抱っこできる時間も、
一緒にテレビを見る時間も、
一緒にお風呂に入れる時間も、
いつか終わります。
上の子たちが、それを僕に教えてくれました。
忙しく働くお父さんへ伝えたいこと
朝早く家を出て、夜遅く帰る。
子どもとの時間がほとんどない。
そんなお父さんはたくさんいると思います。
僕もそうでした。
だから僕が伝えたいのは、
時間が少ないからといって、何もできないわけではない
ということです。
僕は朝、寝ている息子の手に触れてから仕事へ行っていました。
起きていれば「行ってきます」のハグ。
帰宅したら「ただいま」のハグ。
手と手でタッチする。
一緒にお風呂へ入る。
寝る前に少しだけ一緒にいる。
それだけでもいいと思っています。
僕自身、家にいる時間が少なかったからこそ、空いている時間はなるべく子どもに使おうとしてきました。
もちろん親にも休息は必要ですし、無理を続けて体を壊してしまっては意味がありません。
それでも、たった数分でも子どもと向き合える時間があるなら、大切にしてほしいと思います。
子どもが小さい時間は、本当にあっという間です。
僕は今でも、朝こっそり触れていた息子の小さな手を覚えています。
そして夜9時。
玄関を開けた瞬間、
「パパおかえり!」
と走ってきて抱きついてくれたことも。
仕事ばかりで十分な時間を作れなかったという後悔はあります。
もっと良いものを買ってあげたかったという気持ちもあります。
それでも、自分なりにできることはやったと思っています。
そして僕は、
親から子どもへの愛情は、毎日の小さな積み重ねでも伝えられる
と思っています。
だから今日も、末っ子とのお風呂や、テレビを見るだけの何でもない時間を大切にしています。


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